クラリネット3本で始まった創世紀 |
少年小松孝文は、寝屋高に入学して以来、吹奏楽部を作るために、日夜、奮闘していた。 しかし、元来、女学校の伝統の強かった寝屋高に、体育会系色の強い吹奏楽は受け入れられにくく、当時、音楽系クラブは、女声コーラス部の天下であった。 そういう小松少年に、転機が訪れた。 彼は、「卒業生を送る会」で友人とともに、なんとクラリネット3本で、モーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」を演奏したのである。 そして、当時の森校長は、この演奏に感激し、小松少年を呼び寄せた。 |
■小松少年を温かく迎え入れた森校長■ ![]() |
「小松君といったね。すばらしい演奏を聞かせてくれた」 「はい、先生、ぜひ、私たちに吹奏楽部を作らせてください」 熱心に語る小松少年に森校長は心を打たれ、初代顧問となってくれた小滝睦教諭の協力の下に、1957年(昭和32年)4月、寝屋高ブラバンは誕生した。 |
■寝屋高ブラバン第1期生(1959年卒)■ ![]() |